2010年ツール・ド・フランス期間中のドーピング検査でクレンブテロール陽性が発覚したアルベルト・コンタドールの判決がようやく出されました。

結果は2年間の出場停止処分。

自転車競技の場合、判決当日から出場停止になることが少なく、陽性発覚時からとなるケースが多いです。

ちなみにコンタドールに関しては、陽性が発覚した2010年8月26日から2011年2月14日まで「暫定」的な出場停止処分がくだされていたこともあり、今回の正式な出場停止処分は2011年1月25日(最初にスペイン車連がUCIに1年の出場停止処分を出すよう求めたとされる日付)から適用となるものの、「暫定」時の分を差し引くことで2012年8月5日には処分が明け、翌日から競技に復帰できることになります。

 

詳細に関しては、このブログよりも各専門サイトなどで読んでいただくとして、この件におけるTwitterなどでの反応から感じられることを書きたいと思います。

 

まず、「コンタドールは故意的な薬物使用はしていないと信じたい」といった反応に関してですが、これはよほどのアンチコンタドールでない限り多くの人がそう信じていたことでしょう。

それを物語るように、過去にクロとなった選手(例:バルベルデ、ラスムッセン、レベリンetc…)のような露骨な扱いをプロトン内でも受けていなかったように思います。

ただ、こればかりは疑惑の形や容疑によって異なる部分も大きいので、一概に選手や関係者の誰もがコンタドール支持をしていたかどうかは分かりません。

しかし、周りを取り巻く人たちのコメントからも「恐らくコンタドールは無罪だろう」という空気が少なからず漂っていたように感じます。

要は、故意であろうとなかろうと、ルールに則って処分がくだされた、という点で我々は納得するより仕方が無いということでしょう。

問題は、陽性発覚から600日近く経ってから判決を出すCASは何していたんだ、という話になります。

もっと言うと、結果的にコンタドールの主張を認めたスペイン車連が事をややこしくしたという見方もできるでしょう。

 

次に、「自転車界のイメージそのものからドーピングが切り離せない」といった反応については、メディアによる部分も大きいのではないかと考えます。

メディアのせいにするつもりはありませんが、その報道の在り方に問題は無かったのかということです。

ドーピング事件の真実・事実を伝えるのが使命とはいえ、ドーピングイメージ先行で報道していなかったか、現在もそうしていないかを見直すべきではないかと思うのです。

文字量に制約のある文字媒体(書籍、新聞など)に関しては、限られた文字数の中で伝えないといけないという観点からある程度限界がありますが、半無限のインターネット媒体であれば、その事実を事細かに報道することが今の自転車界には必要なことではないでしょうか。

日本語で公開されている一部の専門サイトでは、過去にドーピングと徹底的に戦う姿勢を口実にあからさまな選手叩きコラムを書いていると見受けられるケースもありました。

そんなことに労力使うよりもっとやることあるだろ、自転車競技を愛する者の代表として世間にもっとアピールするべきことがあるだろと思うのです。

 

先日のランスの件といい、今回のコンタドールの件といい、自転車界のみならず誰にも影響力のある選手によるこうしたニュースは、いよいよサイクルスポーツファンだけのなあなあで処理できる問題ではなくなってきました。

選手には選手の、関係者には関係者の、ファンにはファンの、サイクルジャーナリストにはサイクルジャーナリストの、それぞれの立ち位置から自転車競技の本質を世間にどう提起すべきか本気で考える時がきたのではないでしょうか。

 

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